2016年8月3日水曜日

お気に入りの「禅語」(その2)

先に『「お気に入りの「禅語」』を投稿しました(2016.7.27)。その続きとして、「その2」を投稿します。なお、予定していた「喫茶去」は、「而今」に変更しました。

1.「日日是好日」

「日日是好日」は、「にちにちこれこうにち」、日常的には、「ひびこれこうじつ」ともいわれる。
(1)この禅語の意味について、以下、「Wikipedia」 から引用します。
 もともとは、唐末の高名な禅僧の言葉とされている。
『「日日是好日」は、表面上の文字通りには、「毎日が良い日だ」といった意味である。そこから、毎日が良い日となるように努めるべきだと述べている解釈や、さらに進んで、そもそも日々について良し悪しを考え一喜一憂することが誤りであり常に今この時が大切なのだ、あるいは、あるがままを良しとして受け入れるのだ、と述べているなどとする解釈がなされている』

 次に、本から引用します。 ※1
(2)「今日はこんなことがあった。だからいい日だ、ツイていない日だった。そんな風に考えるのは自然なことです。しかし、あなたにとって、つらいことがあった日は、そうでない日には得られなかったものを得ているはずです。何かを失うことで、本当に大事なものに気づけたかもしれない。大きな失敗をしたことで、次に活かせるかもしれない。そう考えれば、「良い日」、「悪い日」というのはないのです。今あなたに起こっている出来事をありのままに受け止める。その一瞬は二度と訪れないことを噛みしめて、その一日を大切に生きる。そうすることで、一日一日がとても貴重で輝くものになるはずです。
 要約して、「今を受け入れ、大切に生きる」とあります。

2.「任運自在」

 「任運自在(にんぬんじざい)」の意味について、以下、本から引用します。 ※2
『望み通りにものごとが運ばない時、思ったように結果が出ない時には、「任運自在」という禅語を思い出してください。
 これは、ものごとをあるがままに受け入れ、運を天に任せて自在に生きることを説いた言葉です。・・・天の采配する大きな流れに任せて、ゆったりと生きること人生が苦(*)であることを受け入れて、なおひたすらな努力を続けていくこと。それが、心穏やかにに暮らす道へとつながります』
   *:仏教では、自分の思い通りにならないことを「苦」と考える。

 最終的に「任運自在」に至る前に、「人事を尽くして天命を待つ」の通り、人事を尽くすことが当然ながら、前提条件であると思っています。

3.「而今」

 この禅語:「而今(にこん)」の意味について、以下、ネット検索:※3 による記事から引用します。
 『「過ぎ去った時」、「この瞬間」は二度と戻ってこない。ということを表した禅語。「今」この時をおいて他にない。「今」この瞬間を大切に生きなければならない、ということを教えています。
 誰しも過去を振り返ることはありますが、過去の失敗を悔やんでばかりいたり、過去の苦しみから抜け出さずにいたり、あるいは、過去の栄光にばかりしがみついていたりする。
 人は誰しもそのような心を持っているものです。そう簡単に断ち切れるものではないかもしれませんが、大切なのは、「今」という瞬間を生きること。一生懸命に「今」を生きていくそれが未来に繋がっていくのです。過去の中に生きるのではなく、二度と来ない「今」を生きることが大切だと教えている言葉です』

 「日日是好日」、「而今」とも同じように厳しいことを言っています。要は、実践だと思います。
また、「任運自在」は、時々思い出して「ほっと」しています。
前回と合わせて、五つの禅語を取り上げました。これらは、日常生活の指針になると思っています。今後、どのような禅語に出会うか楽しみにしていきたいと思います。

<参考資料>
※1:武山廣道(臨済宗白林寺住職)監修 「禅語」(リベラル社)
※2:桝野俊明(曹洞宗徳雄山建功寺住職)監修 「ボールペン 般若心経練習帳」
   (河出書房新社)
※3:ブログ:「団塊世代おじさんの日常生活」(2016年7月)
   この記事は、「桝野俊明さんが、中日新聞に禅語について書かれた記事を参考にしている。









1 件のコメント:

  1. それぞれ含蓄のある言葉ですね。「日日是好日」には安心感がありますが、短いですが、「而今」と言われると、ドキッとします。

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